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見ているのはどっち?

日曜日夜は、大学の同じ語科、同じ入学年度の子たちと飲んできました。同じ学年の子と言えれば簡単なんですが、相手も、自分もどこかで休学や留学をしたので、何と言っていいのか・・・。私にとって現在同じ学年にあたるのは、現4年生。その日集まった人の現在の状況は、2007年卒業の社会人1人、2008年卒業の社会人1人、院生1人、学部生の私という見事にバラバラです。入学は全員2003年。学部生だったときに、この4人でいつもつるんでた訳でもないんですが、今回集まって懐かしさ(私は3年ぶりに会ったコがいたので)と同時に意外な事実が出てきたりとなかなか面白い集まりでした。喋って、笑った飲み。

ここまでは余談で、その帰り道、その日色々話したことを思い返していた時にふと何かで読んだ話を思い出しました。

人間は生まれてからしばらくは死に対して背を向けて生きている。しかし、ある時から生に対して背を向けて生きるようになる。

そんな話を読んだ記憶があるのですが、それが一体何の本(小説か漫画か?それとも歌詞?)だったのか、全く思い出せず、悶々しています。出典を思い出せず紹介できないのが残念ですが。

確かに、私は生まれた時からある時点までは、死を認識することもなく、明日は明日で当たり前にあるんだと思っていて、何かをきっかけにそれは幻想なんだと気づいたなーと。死の存在をきちんと認めたのは、父方の祖父が亡くなった時だったけれども、その時は存在を知っただけで、自分にはどこか遠い話だったなぁ。自分にも必ずある「死」について認めた今、自分は今どっちに背を向けて進んでるのかな、と帰宅途中考えていました。

・・・どちらか向いてるようで足下しか見てない、ということもあり得るか。
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日課

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どちらからともなく始まった日課。
連絡を一度も取っていない日には、寝る前に「いい一日を送ってた?今から寝るよ。おやすみ」、そんなたった3文のメッセージを送ること。多忙な相手が、今日も1日無事に過ごして、きちんと睡眠をとっていることが分かるだけで、少し安心できる。「忙しいのは分かるけど、何よりもまず身体に気をつけてね。おやすみ」そう返信して私もベッドに潜り込む。太陽が顔を出している日には、「天気のいいうちに、太陽を楽しむこと!今ちょうど近所を通ったから、それだけ言わなきゃと思って」、と冬鬱防止も兼ねて、散歩やサイクリングの途中に1通送っておく。

明日もお互い乗り切れますように。今日一日お疲れさま。いい夢を。

手紙をかくよ ありがとう

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あたしの悩み 迷い 生きる喜びのすべてを
花束にして空に掲げながら
風の中で思い出してた

あなたが教えてくれた うれしい たのしい やさしい気分
遠い空で ああ 今 同じ気持ちでいるなら
大きな文字で手紙をかくよ ありがとう

JUDY AND MARY『手紙をかくよ』


久しぶりに手紙を書きました。デンマークで購入した真っ白の封筒ではさっぱりしすぎていて、プライベートの手紙にしてはなんだか寂しい雰囲気。そこで便せん代わりに使った和紙の余りを貼付け。

手帳につけている、覚え書のような日記を手紙にして送ります。

得意なこと

メッセンジャーで会話をしていた時に、「得意な事」がなぜか話のテーマに・・・。半分冗談、半分真面目に「料理、掃除」(笑)と答えましたが、その後の会話中も『私の得意な事ってなんだべか』と考えていました。この「得意な事」というのは、どうも「私の良いところ、強み」を相手は意図していたようで、上記の返事は的外れ(苦笑)

ちなみに相手は「話すこと」だそう。確かに話上手。

先の事態を想定して動く事、かしら?と思いつつ、いやいや、結構行き当たりばったりな時もあるしな、楽天家だしな、などと否定してみたり。物事に対してのバランス感覚というか、距離の取り方とか?

何だか、これからするのかどうかすら怪しい、就職活動の自己分析をさせられている気分です。自分のことだからこそ、一番分かりにくい。自分という主体を、自分というフィルタを使って、客観的に見る、そんな無茶な、です。フィルタがある時点で客観的じゃない、その前に何かを見る時には全て、その人その人のフィルタを通して見てる訳で、客観的ということが本当に可能なのかとか、だんだん一人哲学しそうになってきます。あれ、その前に客観的の意味を理解してない・・・?

「自分の強み」って本当に何だろうなと思ったメッセンジャーでした。

始まり

3月23日は私の大学の卒業式だったようです。友達先輩の日記を拝見しながら、「おめでとう。新しいスタート、応援してます」とデンマークから願っていました。

もし私が休学せず、ストレートに進んでいれば、23日私も皆と一緒に卒業式だったのだろう。4月からは学生ではなく、社会人だったのだろう。今の自分では想像もできないけれど。「休学」は大学に入った時点で考えていたことだったし、休学したことに悔いはない。この2年の休学期間を得られたことに感謝をしているし、このオペアとしての休学がなければ、色んな年齢層の人、色んな背景を持った人とデンマークで会い、話すこともなかった。ただ、一つ悔いるなら、授業を一緒に受けた友達や先輩を見送れなかったこと。彼らは次に会うときは社会人で、皆が皆、大阪に居るわけでもなく、なかなか会えないだろう。お世話になった友達と先輩達だっただけに、面と向かって言いたかった。「ありがとう」って。

本当にありがとう。一つの区切り、一つの始まり、陰ながら応援しています。卒業は一つの区切りだけど、大学で出会ったことが消えるわけではないと思うから、心からのありがとうとHeld og lykke(幸運を)を。

本当に皆、卒業おめでとうございます!



そして、23日、弟の公立高校の合格発表の日でもありました。4月から弟も高校生。こちらも新しい始まりです。Held og lykke!