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年末それぞれ

日本は後数時間で2007年ですが、こっちはまだまだ昼過ぎです。

大晦日(nytårsaften)、オペア先の家族(パパママ、次男、三男)は北シェラン(Nordsjælland)にあるホテルでパパママの友達家族とパーティーということで、先ほど出かけて行きました。長男は家で友達呼んでパーティー、私は語学学校の台湾人の友達イヘの家で開かれるパーティーに行ってきます。

パパラース&ママペニーラには、「大晦日はホテルパーティーでそのまま泊まるから、家で友達呼んで日本パーティーしてもいいよ~。もし、特にすることないんだったら、ホテルに一緒に来ること!大晦日一人なんてダメだからね!!」と言われてました。ま、無事に(?)イヘのお宅でパーティー参加なんで心配なしですが。

ラースからは出かけ際に、シャンパンをワインセラーから1本頂きました!そして昨日の炊き込みご飯が大量に余ってるので(そりゃ大量に…)、シャンパンと炊き込みご飯をパーティーに持って行きます。

最後になりましたが、こっちでは少し早いですが、日本時間に合わせて。

今年の大半をデンマークで過ごしてきましたが、こうしてデンマークで無事に楽しく過ごせたのも、日本で支えてくれた家族、友達、デンマークで助けてくれた家族、友達のお陰です。本当にありがとうございました。忙しくなると2つも3つもいっぺんに手が回らなくなって、連絡が途絶えることシバシバ…という情けない状態でしたが、それでも見放さないでいてくれて、本当にありがとうございました!
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ザ・2006

2006年ももう終わり。いや、大晦日年末年始パーティーが待ってるので終わった気分になるのはまだ早いかもしれないですが。2006年最後、そして2007年最初は飲みまーす!

自分の記録用に今年の反省点などを。

・言語が追いついてないのを言い訳に、色んなことから逃げてた。
・どれだけ作り笑いしても回りに心配かけるだけ。それなら抱え込むより、そばにいる人に言ってしまうべし。
・年賀状、こっちで書いたのに完成しなかった(中途半端なまま)。
・お母さんな性格少し改善した方がよさそう。

素直に、そして現状改善(デン語も恋愛もその他モロモロ含)!!まずはあたって砕けてみる。あとで破片を拾っていけばいい。そこで砕け散って、風に飛ばされて再生不可能になるほど、ヤワじゃないはず。

と言うことで、残り2日、満喫してくださいませ。

デンマークなクリスマス

話に聞いていたクリスマスをデンマークで初めて過ごしました。23日から今日にかけてと、日本の正月挨拶回りのようで、お腹いっぱいいっぱいです。(そして日記も恐ろしく長い…)

23日クリスマスイブイブ(lille juleaften)
朝、ママペニーラはミルク粥(risengrød)を炊いていました。昼過ぎ、出かけててどこかから戻ってきたパパラース。手には170cm程のツリーが!!(ちなみに本物の木)そして、地下の物置からツリーの飾りを持ってきて、三男ハニーと2人で飾りつけをしていました。紙で作ったハートに星、ガラス玉(手作りのものでかなり古いもの)、小人のニッセ等々。久しぶりのクリスマスツリー飾りつけでした。完成した小さなツリーが下の写真です。
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時間は過ぎて夜。三男ハニーが、朝ペニーラが作ったミルク粥を小人ニッセの為に小さなお皿に入れます。そして「ニッセはどこにいるんだろうね?」とペニーラに訊かれ、「うーん」と迷った結果、テラスにニッセ用のミルク粥を置きました。そして、ハニーが自分のミルク粥を食べている間に小人ニッセももらったミルク粥を食べ、お礼にお菓子を置いて行きました。自分のミルク粥を食べ終えたハニー、一目散にもう一度テラスへ行き、ニッセがミルク粥を食べて、お菓子を置いていってくれたことを確認。「ニッセが来てね、お菓子置いていってくれたよ!」ととても嬉しそうに皆に報告して回っていました。ニッセというのは民話に出てくる小人で、納屋などに住み、世話をしないといたずらを仕掛けてきます。そして、きちんと行儀良くしていた子供にはプレゼントを持ってきてくれます。ニッセにミルク粥を置いたハニーは、だからお菓子のプレゼントをもらえたということです。本当の所は…まあご想像通りですけど(笑)。夕食は向かいに住む家族6人と、友達家族3人、うちの家族6人でワイワイと。

24日クリスマスイブ(juleaften)
16時過ぎ、パーティー用の服装で、まずはペニーラの弟の家に挨拶。今回ペニーラの両親、妹は弟の家に、パパラースの兄弟はラースの両親の家に集まるという形で落ち着きました。1ヵ月以上前から「誰がどこの家に集まるか」で家族会議をして、こういう形に今回は落ち着いたようです。

その後、18時前ラースの両親の家へ到着。集まった人たちとハグとキスをしながら「Glædelig jul(メリークリスマス)」と挨拶をし、大人達は子供達用のクリスマスプレゼントを巨大ツリー(2.5m超えてた)の下に置きます。プレゼントには誰から誰に宛てたプレゼントかきちんと名前が書いてあります。プレゼントがちょうど置き終わった頃、ツリーのあるリビングの窓の外にサンタクロース登場。彼は忙しかったので、子供達にプレゼントを置いて、花火を一発打ち上げて、別の家へと行きました(笑)。私も何故かしっかりとアンデルセンのプチ童話集をいただきました。ありがとう、julemand(サンタクロース)!

19時頃からクリスマスディナースタート。ディナーのテーブルは下のような感じです。ロウソクなどの周りに小さなニッセが置かれていました。皆に「初めてにデンマークのクリスマス?」と訊かれたり、「日本でクリスマスってするの?」と訊かれたり、おじいちゃんオーレとラースの間に座ったのですが(むしろおじいちゃんにココね!と指名された)、時々料理解説を受けながら料理をいただきました。

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夕食を食べて落ち着いた頃、子供達がしきりに言い出します。「いつになったらツリーの周りを回るの?」ツリーの周りを回り終わったらプレゼントを開けられることが分かっている子供達は待ちきれないようです。しばらくしてから、ツリーに飾ってあったロウソクに火が灯り、皆で手を繋いでツリーを囲むように円になり、歌を歌いながら、ツリーの周りをぐるぐる回ります。語学学校のドイツ人曰く「デンマークとドイツは、地理的に近いから似てるって言われるけど、ドイツはツリーの周りを歌いながら回るなんてしないよ(笑)」だそう。下の写真はロウソクの灯った巨大ツリー。

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さて、一通り歌い終わると、プレゼントです。あっちからこっちからプレゼントの山崩し開始。家族全員でプレゼントを交換する所もあるそうですが、私はペニーラに「子供(ハニー)だけでいいから」と言われていたので、少し(経済的に)安心。さて、このプレゼント開封、小さい子供が5人+ユラとマウで1時間以上続いたのではないでしょうか。大人はもらった相手にありがとうを言い、床に散らばっていく包装紙とリボンを回収していました(ゴミ袋4つ分。すごい…)。

プレゼントが終わると、デザートのris a l'amande。これはミルク粥risengrødに生クリーム、バニラ、刻んだアーモンドを加えたもので、さくらんぼのソースをかけて食べます。「お米にさくらんぼのソースに、生クリーム!うえぇぇぇ!!」と思われるかもしれませんが、これが意外と美味しいのです。このデザートの中には刻んだアーモンドと共に、1つだけ刻んでいないアーモンドが入れられています。そして、その丸々のアーモンドを当てた人には小さなプレゼントが渡されるという小さな楽しみも。今回丸々のアーモンドのほかに中途半端に欠けたアーモンドも故意に混ぜられていたので、「お、これは!」「だめよ。それは丸々のアーモンドじゃないもの」「あれ、これは…ハズレか」、そんなやり取りを大人もしていました。最後はコーヒーを飲みながら、皆それぞれとまったりし(子供達はプレゼントで遊び)、23時頃散会となりました。

25日クリスマス(juledag)
ペニーラの妹ルイーサ家族が遊びに来ていました。夕方まではまった~り過ごし、夜はペニーラの両親招いて夕食。何と寿司。ルイーサの娘(ハニーのいとこ)アンドレアに巻き寿司を教え、ハニーに教え。夕食後大人たちは映画部屋で、デンマークコメディのDVDを観、リビングで私とアンドレア、ハニーは去年TV2というチャンネルで放映されたjulekalender(テレビの番組で1日から24日まで放映される)「Jul i Valhal」のDVDを観ていました。Valhal(日本語ではヴァルハラ)というのは北欧神話の主神オーディン(Odin)の居城です。この「Jul i Valhal」は、現代の少年少女が北欧神話の世界と現代を行き来しながら、問題を解決するという話です。結局24時前までDVDを大人も子供も観て、この日は終わりました。

26日(2.juledag)
体調を崩していてペニーラに代わり、ラースの叔母さんであり、ルイーサの旦那さんアントンのお母さん(ラースとアントンはいとこ同士)であるミキ(と私には聞こえる)の家に行ってきました。14時に行き、そこからガッツリご飯を頂き帰ってきました。

24日、ペニーラの弟のとこの3歳児グスタウをひっぱりあげて遊んで(会う度にそうして遊んでたら定着してしまった・笑)、今日は今日で同じことをペニーラの妹ルイーサの息子1歳児のルーヴィも要求するので(何で?)、ちょこっと遊び、としていたら昨日からの筋肉痛な腕が、また更にだるくなってしまいました…。そしてペニーラのパパフレミングから嵐のようなキスを頂き(笑)、クリスマス時期は終了です。初めてのデンマークのクリスマス、まだまだデンマーク語が追いつかないけども、家族の家族と一緒に過ごせて、とても楽しい、hyggelig(楽しい、心地いい)なクリスマスでした。

クリスマス=日本の年末

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クリスマスは家族と過ごすデンマーク。つまり日本の年末。22日語学学校に行く時は、スーツケースをコロコロしてる人、大きな旅行バックを下げてる人にたくさん遭遇しました。新聞にも恋人たちがそれぞれの実家に帰省するので、見送りにきて、ホームでキスしてる写真が載ってました。その記事のタイトルもそのまま「Vi ses efter jul(クリスマスの後にまた会おう)」

オペアの家族のクリスマスの予定も、やはり家族中心。

24日
パパラースの両親の家に行く。
集まるのはラースの両親オーレとブリギッテ、ラース、ママペニーラ、長男マウ、次男ユラ、三男ハニー、私、ラースの弟クラウスと彼の子供3人、ラースの弟イエンコ、奥さんカミーラ、娘アイコ。ブリギッテの姉妹ミキ。

25日
家でゆっくり。ペニーラの妹ルイーサと旦那さんアントン、娘アンドレア、息子ルーヴィも来る予定。

26日
ペニーラの両親の家に招待?

大晦日はそのかわり、友達と過ごすそう。日本で常にクリスマスと年末鬼のようにバイトしてた私は、久々のこの休みをどうしたらいいものか。4年ぶりののんびり年末に若干戸惑いです。

写真は、コペンハーゲンの目抜き通りストロイエ(Strøget)とデンマーク国旗が掲げられたコペンハーゲン中央駅。

チボリ

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コペンハーゲン中央駅そばにある、Tivoli(チボリ)

Tivoliは1843年George Carstensen(ゲオ カーステンセン、1812-1857)により作られ、その年の8月15日に開園しました。園内には約115,000個の電球による飾り付けがされており、1914年に作られた木製のジェットコースターは今も現役で走っています。

ちょうどこの時期はクリスマスマーケット(julemarked)で、普段の園内にはない、屋台(小さな小屋)があちらこちらに設けられており、防寒した人々で賑わっていました。オススメ!と日本人の方から話を聞いていて、そして「次男ユラも好きで、多分メグミも好きなはず」とママペニーラにも言われていた「スペインチュロス」を食べてきました。寒い夜、園内の光を楽しみながら、暖かいチュロスを持って、散歩、屋台を覗きつつ。うーん、満足!

写真は22日のTivoli。両側にお店が並ぶエリアで、園内のコペンハーゲン中央駅側です。正面入り口のそばには、お城の入った巨大スノーボールもありました(写真には撮ってませんが)。

来年は発音矯正から

語学学校が今年最後の授業、そして今のレベル6(trin 6)最後の授業でした。

次は1月8日から授業開始ですが、先生メッテ(Mette)と話し合い、そのままレベル7(trin 7)に行かず、3週間発音コース(fonetikklasse)に行ってから、レベル7に行くことにしました。どうしてもレベルを上がるごとに難しくなる文章、文章の意味を考え考え、覚えようとするので、そちらに意識が集中するあまりに、発音が悪くなっている傾向が皆にあるそう。そして私の場合、発音の問題は他の人以上に大きく、3週間ミッチリ発音をした方が後々のためにもいいだろうということで、私もすんなり「じゃあ、発音コース行きます」と言ったのでした。

先日、お城を意味するslotが先生に通じない(ドイツ人のユリアが分かってくれて先生に通訳してくれた…)、ボールペンを意味するkuglepenを三男ハニーに言えば、「(犬のくわえる)骨?」と聞き返され、その場にいたママペニーラに「私の発音が悪かった?」と聞けば、「lの発音がないから、確かに骨とも聞こえる」と。母音にも問題あり、子音にも問題ありじゃ、会話にならない。

新年明けて3週間、喉がおかしくなろうとも、発音徹底的に矯正してきます。2時間も音読ばかりすれば、喉が変になりますが、そこは手作りジンジャーティー片手に乗り切ります。デンマーク語特有の声門閉鎖音に関しては、褒められるようになったので、「日本人なのに綺麗なデンマーク語喋るのね!」と言われるように残りの問題点克服が来年の目標です。

くるみ割り人形

くるみ割り人形(Nøddeknækkeren)のモダンダンスをチボリ公園のコンサートホールに観に行ってきました。

デンマークに来てすぐに、知り合いの方から「クリスマス前にチボリでモダン・くるみ割り人形の劇があって、面白いよ~。日本人が出てるんだけど、彼のロボットダンスは本当にすごいよ!」と聞いていたので、チケットが発売されたら、絶対観に行こうと思っていました。ママペニーラにそんな話を7月頃にしたら、今回のくるみ割り人形上演時期の前に上演されていた、「Sylfiden(ラ・シルフィード物語)」のプレ・プレミアのチケットを買ってくれ、ペニーラ、次男ユラ、私の3人で観に行っていました。このSylfidenにロボットダンスがすごいと話を聞いていた方も出ていたのですが、もう、愕然。人間の体って一体どうやったらあんな動きをするのか!と。

そして、今回のくるみ割り人形。ペニーラのママ、ウラが私達のチケットを買ってくれ、ペニーラ、次男ユラ、友達ヨル(本当は長男マウだった)、私、そしてウラの5人で観てきました。クリスマスを扱った話なので、クリスマス気分の高まる中、観ることができたこと、全体を通してダンスがいいバランスで入っていたこと、「ぷっ」と笑える部分も多く、そして出演者それぞれの得意分野がとてもよく見えたこと、これらがあり、とても楽しい劇でした。ロボットダンスには今回も驚かされ、感心しぱなっしでした。

22日で終わってしまいますが、また来年も上演されると思うので、クリスマス前にデンマークにいる方は是非足を運んでみてください。劇自体はデンマーク語ですが、言語分からずともかなり楽しめると思います。

初挑戦予定なおせち

クリスマスの後は、12月30日にママペニーラの誕生日が控えています。

先日、「もしおせち料理(新年の料理)食べてみたかったら、ちょこっと作るけど」とペニーラに訊いてみたら、「食べてみたいわ。30日誕生日だから、その時とかお願いできないかな?」とのこと。確認した所、30日当日は夕食に例年通り、女友達8人ほど来る予定だそう。新年の料理ですが、前倒しで30日に振舞う予定です。

と言っても、日本にいる時におせち料理など作ったこともなく(インターネットがあるから作れる)、しかも、ここはデンマーク。手に入る材料で何とかしなければなりません。日本人でもおせち料理嫌いな人がいるのに、デンマーク人におせち料理だけはどうだろう…と考えた結果、まず雑煮(餅抜きすまし汁)、細長い白いお皿に1人分ずつ小分けにおせち料理を盛って、おつまみ程度(前菜のような)の感じでと考えています。その後、ちょっと和風なおもてなし料理。

おせち料理を作るのは初挑戦で大変だけど、どうやっておもてなしするか、今からワクワクしています。こういう「何かを計画する」ことが、どうも楽しくて仕方がないのが、私。たくさんあるグレープフルーツを使って、持ってきた和紙折り紙も使って。楽しくてウキウキして、ついついインターネットで色んなレシピを見ては、「こんな感じの彩りで」等々想像を膨らませています。

帰国後計画

デンマークでの今の生活オペアを終え帰国したら、何を自分のためにしなければならないか、何をしたいか、仕事をしながら考えていました。

1)デンマーク語の維持
これをしなきゃ、何のためにデンマークにきたのか意味が分からなくなります。可能性としてデンマークで就職も残ってますので、一応。

2)書道を再び始める
こっちで好き勝手に書道を暇な時にして、やっぱり面白いなぁと感じたのがきっかけ。白と黒のバランス、絵画的なところ。字を綺麗に書くだけではないところが楽しくて仕方ない。

3)忘れ去った英語をもう一度
高校時代がピークだった英語力。今では単語一つひねり出すにも、日本語→デンマーク語→英語という変換作業が必要な上、かなりの英単語が思い出せないという有様。
英語が「世界の共通語」という考え方は好きではないけども、事実、英語でコミュニケーションが取れると、色々なバックグラウンドの人と英語を手段として、今以上に知り合えるということを語学学校で身をもって知りました。

4)アルバイト&貯金
卒論の文献費用、奨学金の返済に備えて、デンマーク行きの費用。確定はしていないけれど、これからどう動くか分からない自分の大学卒業後に備えて。ママペニーラの口からペニーラの2つ目の新しい仕事に関して「雇用」という言葉が出てきたのが3回目なので、「これは私次第でどうにかなるかも、就職」と少し先が見えてきた。

5)大学卒業のための大仕事、卒論に向けて。
今までゼミで発表してきたテーマで行くはず。そうなると、日本語の文献など出てこないし、デンマーク語の文献から少しずつ少しずつ拾うしかない…何冊文献を個人輸入しなきゃなんないんだろう…。

6)途中挫折したイタリア語
もう一回チャレンジしてみる。ラジオ&大学で。夏、家族と一緒にイタリアに行った時に、パパラース、ママペニーラのイタリア人の友達の家(農家)で自家製ピザを食べる機会があり、その時身振り手振りで何とかしたものの、「挫折せずに勉強してればなぁ」と思ったのがきっかけ。

7)スペイン語
5月にバルセロナに行った際に「ああ、やっぱり現地の人と現地の言葉でコミュニケーション取れたら…」と思ったので。スペインももう一回行きたい国の一つ。そしてマチュピチュに行く(南米のあの遺跡たち)のは密かな野望(言ったら密かじゃない)。

8)炭焼き
ママペニーラの仕事(炭の扱い)で調べ物をしてるうちに、一度窯元に足を運んで、実際の炭焼きを見てみたなと。

9)車の免許
何だかんだで「今」必要な場面に出くわすものの、デンマーク語が追いつかないので、デンマークで免許というのも無理な話(そして、そんなお金もない)。

10)知らないことを調べる
思ってた以上に自分がモノを知らないことが、語学学校に通い始めて、色んな国の人の話を聞いてて判明。日本のこともだけど、宗教・政治の話となると私の頭はさっぱり。今までややこしいなぁと放置していた世界の問題をもっと知る必要性もヒシヒシと感じています。

と、あげてみたら10個も!!もっとあった気がするんだけれど、これ以上思い出せない。帰国までにできることは少しずつこなしながら(特に10番目なんかは)、残り約1年、まずはデンマーク語マスターとデンマーク語試験(市民権を取る場合に絶対必要となるレベル)に合格すること。

デンマーク語のとりあえずの目標は、デンマーク語でケンカできるようになることです(笑)。多分、移民局相手に使う必要性が出てくるのではないかと。

夢の中

昨晩はパパラース、ママペニーラともにクリスマスの食事会でした。朝「今日は三男ハニーは連れて行くの?」と聞けば、 「ううん。今晩メグミ家にいる?」「うん。いるよー」 「じゃあ、世話見てもらってもいい?」

ということで、ハニーの世話をしてました。 10時半にはDVD観ながらソファで寝たのでハニーを部屋へ連れて行き、後回しにしてた夕食後の片付けして。11時半には落ち着いて、居間のソファで丸まってねっころがりながら、適当に面白そうな映画を探して観てました。ハニーの世話を夜見るときは2時ぐらいまで映画を見ながら過ごしてます。別に寝ても構わないんですが、夜中に起きてきて泣くということが数回あり、泣かれても自分の部屋にいると分からないので、2時ぐらいまでは映画を見てます。気づけば映画観ながら寝てたらしく、すごい現実的な夢を見ました。

<夢の中>
・私はハニーの世話をおえ、まさにソファで丸まってねっころがり映画を観ながら、眠ってます。
・家にいるのは長男マウ&友達2人、次男ユラ&友達1人、三男ハニー

私がソファで寝ていると、誰かが居間に来て、ソファのあいてる部分に少し座り、私がつけっぱなしにしていた映画を少し見て、また自分の部屋に戻って行きました(多分夢だと思う。自信ないけど)。私は「誰か来たなぁ」と何となく思いながらも眠気には勝てず、そのまま寝ていました。しばらくそのまま寝ていると、また誰かが居間に来て、私の肩を叩いて私を起こすのです。「メグミ、ちょっといい?」と私を起こしたのは次男ユラ。『そういえば、マウは12時前にバイトに行ったか』と寝ぼけながら起きる私。(現実でも12時前に「メグミ行ってくるよ。またね」「え?仕事?」「うん。」というやり取りをしていました。)

何でわざわざユラが起こしにきたのか、不思議に思いながらも、ユラについてキッチンの勝手口へ。するとそこには、向かいに住む8歳のアントンが夜中にも関わらず、自転車に乗って待っています。その後ろには、今日遊びに来てなかったユラのバンド仲間達もなぜかいる。で、彼らが言うのは「今から遊んでもいい?」

そこで目が覚めました。何か訳が分からない夢だけど、現実的すぎて、起きてから「どこからが夢だったんだ??」と一瞬考えました。

ちなみに私がデンマーク語で会話をする人が夢にでてくるときは、デンマーク語の夢。デンマークに来て2ヶ月目ぐらいからそんな感じです。一度長男マウが夢に出てきた時に、日本語喋ってて、かなりビックリした記憶があります。次の日「マウ、まさか日本語喋れるとか、そんなことはないよね…?」と本人がいたら確認してたと思います。いくら、16分の1日本人の血が入ってるからって、夢で日本語喋るとは。8分の1日本人のパパラースでさえ、夢の中で日本語喋ったことないのになぁ。

花火観賞

夕食の片付けをしていたら、どこからともなく花火の打ち上がる音。とは言えないぐらい、近い位置で花火の打ち上がる音。地下にいた長男マウが「どこで上がってるんだ、花火」と居間にある裏庭に続く扉からじっと観てるので、「あれ?そこから観えるんだ?」と思って私も片付けの手を一時中断。

西側で花火が打ち上げられており、居間からも綺麗に見えました。「はて?今日は何の日だっけか?」と思うも心当たりなく。細かいことはいいやと、小さな花火を5分ほど眺めてました。居間の扉から顔を出す三男ハニーの上から私が顔を出し、その後ろに大きなマウが立っているという変な図でしたが、外は雨に風で寒いので、こういう図が出来上がったわけで。花火を見てたら、ハニーの頭に私のあごがゴチッと当たってしまい、「ゴメン、ハニー」というと、後ろで一部始終見ていたマウに「ぷっ」と笑われてしまいました。

マウ曰く「多分(近所にある)アメリカ大使公邸で打ち上げてるんだろうね」とのこと。

ハニーがすごく嬉しそうに「花火だ、花火だ」と騒いでいたのを見て、いつかPLの花火と淀川の花火をダブルで家族皆に見せてあげたいな、と思いました。日本までは飛行時間が長いので、ハニーがもっと大きくなってからじゃなきゃ無理だけど、まだ日本に来たことのない長男マウ、次男ユラ、三男ハニーに日本を見せてあげたいなぁと。ママペニーラとパパラースも花火が見れる時期に日本には来てなかったので、是非、あの歓声を思わず上げてしまう綺麗な花火見て欲しいなぁ。

口笛

12月1日から3日にかけて、3月から3ヶ月滞在したfolkehøjskoleで同窓会パーティーがありました。学校には「歌の本」があり、その中の曲を朝の集まりで歌い、パーティーの時などは3~4曲歌います。そして、今回は各テーブルで歌いたい歌を1つ選び、それらを全て歌いました。

この「歌の本」の中には「メロディラインを口笛で」という曲も何曲かあります。学校に滞在していた時からずっと思っていたことなんですが、この「口笛」の歌を皆上手に口で笛吹くんです(表現おかしいですが)。私なんかはカスカスの音しかでないので、吹くことを諦めてるんですが、どうしてこうもデンマーク人、皆が皆上手に吹けるのか謎で仕方がないんです。オペア先の次男ユラもこれまた上手に口笛吹くんですよ。本当に笛みたいな感じで。

単純に私の思い込みなのか、デンマーク人特有?なのか分かりませんが、今までデンマークで口笛下手な人に出会ったことがありません。むむむ。デンマーク語の複雑な発音ができるようになれば、口笛上手になれるのでしょうか…。謎です。

大きな壁

相変わらず、大きなデンマーク語発音の壁が私の前に立っています。今まで大学で文法を一通り終わらしていた、という「貯金」があり、そのお陰でひょいひょいとレベル(trin)を上がってきていました。発音もレベルを上がるごとに少しずつ改善はされているんですが、最近デンマーク語が頭打ちです。

そして今日はレベル 5(trin 5)の最終日。先生メッテ(Mette)と個人面談がありました。

「問題はやっぱり発音ね。あなたが自由にデンマーク語で、ゆっくりだけども話すことはだいたい分かるんだけど、テキストの文章を読み上げる時とかになると、どうも発音が違ってきて、聞いてても意味が分からないの。日本語がどんなイントネーションでどんな発音をする言語か、私は分からないんだけど(だからアドバイスができないけど)。発音コース取ってないって言ってたっけ?本当なら発音コースがあって3週間重点的に学ぶのがいいんだけど、今は丁度発音のコースがなくって…。レベル6以上になった時に発音の点で心配だわ。」

デンマーク語が頭打ちだと自分でも気づいてた時にとどめをさされました。確かに周囲は少し母語なまりのデンマーク語という感じで、喋りもかなりスピーディー。母語とデンマーク語の差異がどれだけあるかも関係あるのでしょうが、このまま突っ走って来年5月のPrøve i dansk 3(デンマーク語試験3級とでも言えばいいのか)をギリギリ合格スコアで合格するのが自分にとっていいのか、来年12月の試験を余裕を持ったスコア(更に上のStudieprøvenを受験できるだけのスコア)で合格できるように今、時間をかけて下地を作り上げるべきかと、帰り道考えていました。

どう考えても後者の方が自分の今後の選択肢の幅を拡げられるので、今は発音を今以上に気をつけながら、発音コースの復活を待って、復活したらすぐに発音コースにいこうと思います。現時点ではギリギリ5月の試験を受けれそうなスピードなのですが、発音コースに行くことで、5月の試験を逃すかもしれませんが、発音とリズムが違うだけで意味が分からなくなるので、土台をしっかり作っておこうと思います。