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kulturnatten

ジャガイモ収穫を家族総出で行なうためにあった「じゃがいも休暇」が、現在デンマークにある10月中旬の「秋休み」のもと。

この秋休みの始まる直前の金曜日、コペンハーゲンでは「kulturnatten(文化の夜)」というイベントがあります。教会やギャラリー、美術館、博物館から普段は立ち入れないような建物で何らかの催し物が行なわれます。今年のkulturnattenは10月12日、来デン中の妹と私の日本人のお友達3人で、コペンハーゲンへ。

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まずは、Kongens NytorvそばにあるGalleri MONTANへ。銀細工の実際の様子を目の前で見れ、お椀の様な形になっていく銀の塊と要求される繊細な作業に驚きました。ギャラリー内にあった銀細工を見ながら「これ、おつまみ入れとかに良さそう!欲しい!」と言っていた私。頭は常に飲む時のこと・・・。

ギャラリーのそばでもイベントをやっている所があり、「一体何だろう」と入ってみると、そこは広告会社Reklamebureauet REPUTATION。何でもStorebæltという、コペンハーゲンのあるシェラン島と作家アンデルセンの出身地オーデンセのあるフュン島の間に位置する海峡を結ぶ橋の広告撮影のモデル体験ができるというもの。私たち3人も勢いに任せて、「じゃあ撮られてみるか!」となりました。

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姉妹2人でメイクされるの図

メイク終了後、なぜか他の2人に「何か違ーう!」と笑われながら(普段どれだけ手抜きの化粧か良く分かる)、「じゃあ、君たちはコートやマフラーをして、寒い中立っているっていう構図ね!」という、カッコいいお兄さんの声で撮影開始。その後パソコン室へ行き、キャッチコピーを考えて写真に入れてもらいました。写真は大きくコピーしてもらった物を1枚もらい、もう1枚は広告会社の道路に面した窓に貼られました。私の部屋に来ると、何か違うと笑われた私の顔が拝めますよ(笑)。

その後、国会議事堂のあるChristiansborg slotへ。国会議事堂の中を上から下まで満喫し、図書室の本の山に「(デン語が苦もなく)読めたら読むのにー!」な本の洪水にワクワク。こんな図書室だったら、私入り浸るー!!国会議事堂でお友達の旦那さんの両親(デンマーク人)とばったり会い、ビックリ。結婚式と娘さんの洗礼式でしか顔を合わせていないのに、「あら、メグミじゃない!」とお母さんがしっかりと名前を覚えてくれていました。

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議事堂と図書館

遅い夜ご飯を食べ、ジャズのコンサートへ行くも、「コンサートは売り切れちゃったよ」とのこと。最後はRundetaarn(ラウンドタワー)であるブルースのコンサートでしめて、今年のkulturnattenは終了したのでした。毎年1晩だけのイベント、行きたい所は目白押し。別のお友達が行ったというところも、すごく面白そうで、デンマークに今後遊びにくるなら、このkulturnattenのためだけに10月中旬に来ようと思うのでした。
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Trick or treat!

明日はハロウィン。1ヶ月も前から新聞の投稿欄には、「ハロウィンはデンマークの文化じゃない!する必要なし」「楽しんだらいいんだ」と賛否両論が載っていました。ハロウィンは最近になって始まったようで、私自身デンマークでハロウィンをするなんて、実際に来るまで考えもしませんでした。

さて、10月2日のこと。パパラースが三男ハニーをサッカーから連れて帰って来たその手には、巨大カボチャが。ハニーと私の2人で「頭作ろうか!」「作ろうよ!」と私がナイフで切り目を入れ、ハニーは中の種とわたをガシガシかき出します。


「種を取るんだよ。こうしてね。うわぁ、いっぱい!」


顔もできあがったら、ろうそくを入れて、玄関前に飾ります。「ハニー、カボチャと写真撮るよ~」「嫌だ!待って、僕の顔の前にカボチャ持ってくるから!」ということで、顔の前にカボチャを掲げるハニーを数枚撮り、ふとフラッシュなしで撮ったら面白い絵になるのではと思い実行。

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TRICK OR TREAT!


こんな感じで目鼻口だけが浮き上がる写真に。去年のハロウィンでは、10分おきに玄関をならされ、最後の方は、「あー!!やかましい!!」となっていた大人一同。語学学校の知り合いは、「デンマークでハロウィンするなんて知らなかったわよ!ドイツじゃやらないのに!あまりにもアパートのベル鳴らされるものだから、『お菓子はありません』って張り紙してやったわ!」と。良く分かる、その気持ちと、ヨーロッパ、アフリカ、アジア出身者のクラス全員が頷いておりました。

今年も、あの夜6時頃から11時前まで続くであろうドアノック音を聞かねばならないのかと思うと若干げっそり。普段なら夕食、その後のまったり時間なのに、明日は落ち着いておれません。落ち着けやしないので、どこかに逃亡したーい!というのが本音です。

散歩道中

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日曜日15時20分。
雨も降っていないし、
特に用事もないし、
散歩に行くかと準備。

パーカーにブルゾン着て、
手袋にマフラーでしょ。
携帯に、iPod、一応お金も少しだけと家の鍵、
あ、カメラも忘れずに。

知り合いと連絡を取り合って、2人で1週間ぶりに会って散歩。
彼が通っていたという、私の家の近所にある高校へ。

「とっても楽しい高校だったよ。ドイツ語の時間は泣いたけどね」
「高校戻って来たから、もう一回ドイツ語勉強しなきゃだよ」
「うわー。ドイツ語の授業泣いたけど、今喋れるからいいよ」

「学校の中の色、妙なんだよ~。覗けるかな」
「これ、何だ?幼稚園みたいな配色・・・白じゃだめなの?」
「有名な人が決めたらしいよ。白だったら病院っぽいからさ」
「んー。かなー。」

「そうだ、デンマークでお墓行った事ある?」
「いや、無いよ」
「じゃあ、見とかなきゃ!綺麗だからさ」
「お墓~?日本じゃあんまり行きたがらないよ」
「デンマークだと、女の子とロマンチックを味わうために行くんだよ」
(ホンマかいな)
「夜中とか薄気味悪いやん。それ日本でしたら、ちょっとおかしな人だよ」
「ちょっとじゃないよ。かなりだよ(笑)
 そんな所で気を使わなくていいよ、『ちょっと』って」

お墓といっても、整備された並木のある公園の様な
雰囲気のところをぐるっと回り、再び喋りながら近所を散歩。

「あ、デンマークで一回だけお墓行った事あるわ」
「なんだ」
「デンマークに来て最初の3月の夜中に」
「何で?夜中のお墓で何してんの!?」
「フォルケホイスコーレで、叩き起こされて、
フィールドワークみたいなのしたの(笑)マイナスの中だよ」
「クイズの答えはちゃんと見つけれたの?」
「それがさー誰も懐中電灯なんて持ってないから、
真っ暗の中何も見えなくてさ!ははは」

「俺と弟の誕生日は一緒です(突然日本語)」
「そういえば、誕生日いつなの?」
「4月29日」
「おお、日本の祝日だね」
「一日寝てられるよ、誕生日」
「いや、起きて何かせんかいな」

「じゃあ、また今度ね」
「じゃあね。気をつけてね」

フィンランド・ヘルシンキ旅行 3

3日目。飛行機が18時台なので、15時半にはバスでヘルシンキを出る予定にしました。バスがきちんとでるとは限らないし、デンマークみたいに突然運休!となった場合を考えてのことです。ホテルをチェックアウトしてから、妹が行きたいと言っていたエスプラナーディ公園そばのお店へ行き、前日探しても見つからなかった、若手デザイナーのお店を偶然にも見つけ(移転していたらしい)、2人でフラフラ。その後ヘルシンキ中央駅そばの郵便局内にある郵便博物館に入ろうと思いながら、なかなか博物館が見つからず、見つけた時には、もういいや郵便博物館・・・という状態。とにかくまずはトイレに行きたかった2人、美術館にならトイレもあるだろうということで、郵便博物館そばの国立現代美術館キアズマへ。トイレに行きすっきりしてから、美術館の中を巡りますが、あまりの現代アートに妹憔悴してしまいました。アーティストの意図する所を考えようとするも、全く意図が掴めなかったらしいです。確かに混沌としてた気がする。突然古い絵があったり、謎なオブジェがあったり。下の写真がその妹を憔悴させた美術館とマンネルへイム元帥像。

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美術館を後にし、西へ向かいます。住宅地の静かな中を歩きながら、目指すはテンペリアウキオ教会という、1967年にスオマライネン兄弟によりデザインされた教会。岩盤をくり抜いて作られており、天井はドーム状。教会の上の岩盤の上は散歩ができます。ここの教会の入り口の張り紙にふと目をやると、英語等で「静かに」の文字。その下にあったのは「安静」。教会で安静にするの!?と思いましたが、その下にはしっかりと「静粛」と書かれていたので、中国語で静粛は安静と言うのね、と納得。下の写真右が岩盤の上に上って撮った教会ドーム部分。

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教会内部の椅子に座り、まったりした後は妹の気分に任せて散歩です。気の向くままに~ぃ。

こうして散歩をして、アンティークな雰囲気を漂わせたカフェを見つけたり(しかし土曜日で閉まっていた)、アンティークショップをガラス越しに覗いたりとしながら、中央駅へ戻っていきました。こんな大きな輝くイチゴも発見!

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さて、帰りの飛行機でこの旅行シメの大きな偶然が。行きの飛行機で妹がキレていた、後ろの座席にいたノリノリデン兄ちゃん。帰りの飛行機でも一緒でした・・・。髪の毛を切っていましたが、すぐ分かるくらいやっぱりノリノリ。

2泊だけのヘルシンキ旅行、今回は駆け足になってしまったけれど、次は夏にヘルシンキ以外にも行きたいものです。ペニーラのお母さんウラ曰く、「船でフィンランドに行くと、とっても綺麗よ!」。飛行機から眺めるフィンランドの景色も最高でしたが、船からだとまた違ったすばらしさが見れるのだろうな。

フィンランド・ヘルシンキ旅行 2

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2日目。行きたい所を地図上にチェックを入れ、開いている時間と移動時間などを組み合わせてどのように回るか考えます。結果、ホテルから大通りを東に歩いて行き、お店を覗きながら、観光エリアにまず行こうとなりました。

路面電車が石畳の街を走ります。ヘルシンキの街を歩いていて、妹と2人で述べた感想が、「コペンハーゲンに比べて、落書きないし、ゴミなんて散乱してないし、めっちゃ綺麗!」。コペンハーゲンならゴミ箱でも、駅の壁でも、電車の車体でも、10メートル歩けば(言い過ぎ?)下手なスプレーの落書きが。ゴミ箱があちらこちらに設置されているにも関わらず、ゴミがコロコロ。最近では信号なんかにシールが貼られていたり・・・。ヘルシンキはそれがほとんどなく、更にコペンハーゲンの街並みとはまた全く違った外観をしており、シンプルな整然とした印象を受けました。

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港そばのマーケット広場をさーっと通り過ぎ、小高い丘の上に建っている、ウスペンスキー寺院へ。階段を上り、入り口に辿り着くと、建物の前でポーズを決めて交代で写真を撮りあう(おそらく)中国人のツアーの方が。私と妹は「何で皆ポーズ決めるんだかね?」「あんたの写真、同じように撮ったろか?」「いらんわ~」「やよな~」と、お互い自分の写真を撮られることよりも、建物や他のものの写真を撮るのが大好きなので、彼らを横目に寺院内部へ。教会内部のドーム天井には空が描かれており、か、かわいい(天井が)!ここでもポーズを決めるツアーの方々・・・。

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さて、「元老院広場ってなんかかっこいい響きやん?」と言っていた妹と、ヘルシンキ大聖堂とその向かいにある元老院広場へ。旅行中晴天に恵まれたのですが、大聖堂の白壁と空が何とも言えないコントラストでした。大聖堂内の祭壇の前でポーズを決める、(おそらく)中国人ツアーの方々とまた遭遇し、2人で「邪魔で祭壇見えんやんけ・・・」。さすが観光スポット。

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そこから南下して、アート&デザイン博物館へ。地下の日常品のデザインの変遷についての展示は、妹にとってとても興味深いものだったらしく、展示に張り付いておりました。一方、私はさら~と流しました(苦笑)。2階では刺繍の展示、1階では日本人葉山有樹さん(http://www.yukihayama.jp/)という方の展示があり、私は彼の作品に目が釘付け。ママペニーラが「日本のデザインというのは、シンプルと装飾的なものと両立していて、面白いわよね」と言っていたのですが、その装飾的な方にあたります。青と白をベースにした壷やお皿、見ていると懐かしさが分けも分からずこみ上げてきました。

この後、好き勝手に街を歩き、面白そうなお店に入っては出てみたりを繰り返し、「今どこよ?」と地図を取り出す始末。この街好き勝手歩き地図なしが大好きなんですが、いやいや、楽しかった!徒歩移動できる距離だということで、ひたすら徒歩移動していた私たち、「夜ご飯とか適当でいいんでね?(食にお金かけらんないし、探すの面倒いし)」ということで、近所のマクドナルドへ。ここでレジの兄ちゃん(カサハリな小林フィンランド版、Harlem Beat、西山優里子著)に注文を済まし、待っている間日本語で会話していると、兄ちゃん突然、「日本語だね」と日本語で返してきます。「え、ええっ!?」と2人ビックリしていると、これまたカサハリ並みの笑顔なしで、「~です」とおつりを返してくれました。2人でマクドを食しながら、「いや~、まさか小林がこんな所にいると思わんかったね!」「ってか、似過ぎやし!」と彼のネタで大盛り上がり。しまいには、フィンランドなカサハリに会えるで~っていってヘルシンキ勧めとかな、という結論が(笑)

ということで、『Harlem Beat』や『小林』、『カサハリ』という単語にピンときた方はヘルシンキのマクドへ!

フィンランド・ヘルシンキ旅行 1

妹来デン中、安い航空券を探し求めて決まった、フィンランド・ヘルシンキ2泊3日。最初は「ただでさえ寒いデンマークより北に行く!?有り得ん!」と思っていたのですが、行くなれば、楽しんでやろうじゃないかと、気持ちも切り替わりました。よく考えれば、自力旅行(デンマーク国外)も久しぶり。

1日目は、飛行機に搭乗するものの、アナウンスも何もなく、ひたすら30分待たされることになり、妹がぼそっと「この飛行機、落ちるんちゃうん・・・」と。飛行機事故が多発している今なだけに、冗談で笑い飛ばす事もできず。フィンランド時間(デンマーク時間+1時間)で、18時に到着。後ろの座席に座っていた、超ノリノリのデン兄ちゃんにキレている妹。飛行機内で相当やかましかったようです。空港内移動中も彼と彼の母親は私たちの目の前を歩いていたのですが、彼イヤホンで音楽聴きながら、口笛吹き、更に歩きながら踊りだす始末。「あれはいくら何でも、ノリノリすぎちゃう?」と2人で言い合っていました。ここはクラブじゃありませんで~という感じでしたから・・・。

荷物ピックアップ後、finnairが運行しているヘルシンキ中央駅・空港間のシャトルバスを利用して、町中へ移動しました。このバスは20分おきに走っており、所要時間は35分程度。料金は1人5,2ユーロ。関空とうちの地元までのシャトルバスが、似た様な所要時間で1050円だから、そんなものかな?このバス停での待ち時間に、泊まる予定のホテルに一本電話を入れておこうと、ホテルバイトの妹の提案により、私がかける事に。「こなかったりしたら、他の人に部屋まわしたりするからな」とのことです。伝えていたホテル到着時刻よりも遅れそうな気配だったし、連絡しておいた方がいいだろうということで。フィンランド語もスウェーデン語も喋れないので、もちろん英語です。が、英語とデンマーク語のスイッチができない私は、

「あの、この間予約について連絡したものなんですが。今、えーっとですね、lufthavnen、あ、空港で、これから向かうので、om en time、あと一時間ぐらいで着くと、synes jeg、あ、思います」

と、先にデンマーク語を無意識に口走り、その後英語に直すという何とも情けない電話に・・・。妹には「ねえちゃん、今デン語途中で喋っとらんかった?」とつっこまれました、モチロン(苦笑)。ホテルに着いたら、移動の疲れでそのままおやすみなさい、でした。

得意なこと

メッセンジャーで会話をしていた時に、「得意な事」がなぜか話のテーマに・・・。半分冗談、半分真面目に「料理、掃除」(笑)と答えましたが、その後の会話中も『私の得意な事ってなんだべか』と考えていました。この「得意な事」というのは、どうも「私の良いところ、強み」を相手は意図していたようで、上記の返事は的外れ(苦笑)

ちなみに相手は「話すこと」だそう。確かに話上手。

先の事態を想定して動く事、かしら?と思いつつ、いやいや、結構行き当たりばったりな時もあるしな、楽天家だしな、などと否定してみたり。物事に対してのバランス感覚というか、距離の取り方とか?

何だか、これからするのかどうかすら怪しい、就職活動の自己分析をさせられている気分です。自分のことだからこそ、一番分かりにくい。自分という主体を、自分というフィルタを使って、客観的に見る、そんな無茶な、です。フィルタがある時点で客観的じゃない、その前に何かを見る時には全て、その人その人のフィルタを通して見てる訳で、客観的ということが本当に可能なのかとか、だんだん一人哲学しそうになってきます。あれ、その前に客観的の意味を理解してない・・・?

「自分の強み」って本当に何だろうなと思ったメッセンジャーでした。

青色

先日、デンマーク人と散歩しながら、喋っていた時の事。信号が青になったので、何気なく「信号青になったよ」とデンマーク語で言ったら、相手が固まって、すごい怪訝な顔をしてこちらを見ています。そして、「信号のあの色は緑だよ!」と。

日本語の青は他の言語に比べて広い範囲、他言語で緑の範囲まで指すということを、すっかり忘れていました。喋っていた相手のデンマーク人は、「そう言えば、日本人の知り合いが何か緑のものを指して、青と言った時は、最初何の事か分からず、俺の目が悪くなったのかと思ったよ。」という経験があるそう。

さて、よくよく思い返してみると、私誰に対しても、「信号青になったよ」とデンマーク語で言っていた気がします。信号緑になったとは、絶対今までに言った記憶がありません。皆、妙な表現を使ったらつっこんでよ~!妙な表現ばかりだから、慣れてつっこまなかった、とか?(苦笑)

ちなみに来デン中に妹が発した、「信号青になった」の表現は「青った」。信号待ち以外では意味が通じない表現です、青った。

靴下のお相手探し

洗濯物は階段から放り投げて、地下の洗濯機まで移動させることが基本だったこの家。最近は、以前三男ハニーがおもちゃをいれていた巨大カゴを洗濯カゴとして2階に置いているため、その回数も減りましたが、完全になくなった訳ではありません。

日本の多くの家庭では、洗面脱衣所に洗濯機があって、汚れ物は脱いだら即座にカゴまたは洗濯機に投入!ですが、この家はとりあえずシャワーの前に脱いで~、でも出掛ける前で忙しいから、カゴに居れるのは後回し。が、結局風呂場に置いたまま。そして、三男ハニーが走り回り、服があちらこちらに散らばり、その結果、靴下がきちんとペアになって洗濯に出てこない。また、好き勝手靴下を放り投げるハニー、寝る前に靴下を脱ぎ、ベッド下で離ればなれになっているユラの靴下。ペアになって洗濯される靴下の割合が低いこと低いこと。

そうして、片足だけの靴下が、洗濯機上の『孤独な靴下入れカゴ』にあふれんばかりに溜まっていました。そこで、今朝洗濯物を畳み終えてから、孤独な靴下の相手探しをしてあげようと決心し(笑)、「パパラース(のだと思われる靴下)」「子供たち(のだと思われる靴下)」「ママペニーラ(以下略)」とまずは分類することに。子供たちの靴下が多いだろうと思いきや、意外な事にパパラースの靴下が大量。しかも、どれも似た様な色をしているため、一人で光に靴下をかざしては、「君の相手はこの子かい?」と靴下たちに呟く始末。

長男マウが学校に行く支度をしていて、地下洗濯機横のシャワーへの出入りを繰り返していましたが、背を丸め靴下をごそごそしている姿は、さぞ妙だったことでしょう。カゴにいた靴下の5分の3は相手が見つかりましたが、残念ながら残り2は見つからず、しかも残っているのは、以前私が相手探しを実施した半年前と同じメンバー。

まだ、相手をカゴの中で孤独に待ってみたいかな?(笑)

誕生日

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10月3日は私の23歳の誕生日でした。家事の手伝いやら子守りをしていると、自分はすっかり26歳ぐらいの気分なのですが、実はまだ23歳だったらしいです(笑)

日本では家族で誕生日を忘れていた事がある我が家。しかし、デンマークでは誕生日は国旗を掲げて、これまた盛大に何歳になっても祝います。特に盛大なのが、10、20などゼロのつくきりのいい歳、堅信礼が行なわれる15歳、成人としての権利を得る18歳。

去年は髪を乾かしていたら、誕生日ソングを歌いながら部屋に祝いに来てくれた、ママペニーラ、次男ユラ、三男ハニー。パパラースは仕事でイタリア。長男マウ、起こされても起きてこなかったらしい。そんな去年。

今年は、どうもこう祝われなれていないせいか、祝われるのが恥ずかしいので、「特に何かはしなくていいよ」とは言っていました。6日後の三男ハニーの誕生日でバタバタだし。朝8時に自らキッチンへ行くと、赤いバラとプレゼントがダイニングテーブルに置かれていました。パパラースとママペニーラからはクラシックな紫の袖7分丈ニットワンピース、子供3人からシルバーのネックレス。パパラースのお母さんお父さんから、デンマーク歴史題材の小説とハニーが一緒に選んでくれたという、子供の歌の本。

さて、昼間はというと・・・ハニーと遊んでおりました。前日サッカーをしたためなのか、足が痛かったらしく、ハニーがかわい~く、「メグミ、僕足が痛いんだ。だから今日家に居てもいい?」なんて聞いてくるから、可愛さに負けて「いいよ」と言ってしまいました。いつものことですが、彼が途中で退屈するの分かってて、自分の事が何もできないの分かってて、でも「しゃ~ないな。居ていいよ」と言ってしまうのです。ペニーラはよっぽど彼の体調が悪くて、幼稚園に行けない時だけ、「今日体調悪いから、世話見てくれないかしら?」と尋ねてきます。幼稚園に行けない事もない時は、私の用事と判断に任せてくれますが、ほとんどの確率で前述の「しゃ~ないな」と言ってしまうのです。

夕方からは、学校の旅行でバルセロナにいるマウ以外でルイジアナ美術館へ。狙っていたRichard Avedonの写真展示も見れ、大満足。派手さはない誕生日でしたが、これぐらいが私には合っているようです。少し特別な、ヒュッゲリな日。

この日は晴天に恵まれ、ラースのお母さんに「プレゼントありがとう」と言うため、電話で話をしていたら、「ついこの間までの悪天候が嘘のようね!誕生日の日に晴天なのは、あなたがいい子だってことなのよ~」と言ってもらえ嬉しいけれど、少し照れてしまいました。

キッチントーク

秋休みが終わり、ニューヨークに行っていたママペニーラ、長男マウ、次男ユラが今日の昼過ぎ帰国しました。夕方ご飯の準備をしながら、ママペニーラとキッチンで話をしていました。

いつも誰かの誕生日前日にペニーラと2人で、夕食後翌日に向けてケーキやパンなどを焼くのですが、先日のハニー誕生日前日、「メグミとこうしてキッチンでケーキを作っているのは、ヒュッゲリだわ!今までずっと1人で作っていたから」とペニーラが言っていたのですが、その気持ちが良く分かります。女のキッチントーク楽しいです。でもこの家だと、パパラースがキッチンで料理している時のキッチントークも楽しいですけれど。

今日は私のヘルシンキ話とペニーラのニューヨーク話をしていました。

私:そうそう。妹とね、誰がかっこいいかとか夜に話してたの。
  でね、妹が長男マウカッコいいと思うって言ってたのね。
  私もマウカッコいいと思うのよね。男の子として。
  ユラもカッコいいんだけど、どちらかと言えば中性的できれいかな。
ぺ:ユラはそうね、私もそう思うわ。
  かっこいいと思ってくれて良かったわ。
私:で、私は妹に言ったのね。
  『マウに彼氏にならない?』って言っちゃえって(笑)
  そしたら、もし英語が喋れたら、言ったかもってさ(笑)
ぺ:あら(笑)本人がすぐにニューヨークで残念だったわねぇ。
  マウは今まで彼女を紹介したようなこと全くなかったのよね。
  本人曰く、『jeg har ikke travlt(俺は忙しくない)』らしいわ。
私:???
ぺ:彼女を作るのに躍起になってないんだって。

マウのjeg har ikke travlt、私も同じようなもんだわなと思いながら聞いていました。さて、この話をペニーラにしたのは、以前のキッチントークでこんなやり取りがあったから。

ぺ:妹は何歳なの?
私:20歳だよ。マウとほとんど同じ歳だよ。
ぺ:あら、じゃあ恋人同士にぴったりじゃない(笑)
私:でも、英語もデン語もできないよ?
ぺ:言葉なんてできなくても恋人になれるわよ!
  キスしちゃえばいいのよ!
私&ぺ:大爆笑

キスからはじまるミステリー?(昔kinki kidsが歌ってました)パーティーにてキス→デート→恋人というパターンは十分にこちらで有り得るので、ペニーラがそう言ったのかしら?あ、分かった!ペニーラとラースもキスから始まったんだ!何て今思いついたり(笑)

今度はキッチンでどんな発言が飛び出すやら、楽しみで仕方ありません、キッチントーク。

お引っ越し

ブログを引っ越しすることにしました。

引っ越し先は

http://kuffert.blog122.fc2.com/

です。

まだまだこれから記事を書いてく段階ですが。こちらの記事も追々古い日付のまま移動させれたらな~なんて思っていますが、時間が追いつくかどうか。

秋休み前と中の2週間、しっかり遊び倒したので、デンマーク語試験に向けて再び勉強しなければです!

昨日は久しぶりにデンマーク人と散歩しながら、2時間半デンマーク語のみぶっ続けで喋り(しかも早口コペン弁)、夕食後さらに2時間ほどメッセンジャー。この調子で(?)試験まで1ヶ月切ったので、ラストスパートかけます。

あ、とりあえず引っ越しの連絡でした。

家族紹介

オペア家族の他己紹介を。ブログにも名前がかなり頻繁に出てきます。

パパラース(44)
190センチを越える長身、金髪と赤毛の間のようなロンゲな彼。どこをどう見てもデンマーク人ですが、日本人の血が8分の1入っています。野菜、果物、花などの輸入販売の会社を経営している関係で、家によくいろんなものを持って帰ってきます。調理方法知らなかったのにごぼうを持って帰ってきたことが。音楽好きで、ジャズ聞いていたかと思えば、これぞ男のロックを聞いていたりと幅広し。レーシングカーを出張中に購入、奥さんにはメールで写真添付の事後報告した強者。お菓子まで作ってしまう、らしい・・・(洋梨タルト、美味しかった)。

ママペニーラ(41)
グリーンがかった濃い青い目に、栗色の髪がセクシー。長男マウ出産後の写真とほとんど変化していない彼女。家を出る前に常に、「車の鍵はどこ!?」と探しています(そして自分で自分に飽きれている)。以前していた仕事に対する興味がなくなり、新しく始めた仕事がとても楽しい様子。超がつく程の方向音痴。パパラースとともにイタリア語ペラペラで、料理上手、更に2人して梅干しを美味しいと口に放り込んでいます。

長男マウ(19)
只今高校3年生。食事にケチャップの欠かせない、ケチャッパー。肉じゃがにケチャップ(根に持っている)。妙な眼鏡をかけてみたり、ナイスタイミングで話の腰を折って笑わせてくれたり。車の運転は家族一上手。最近使い捨てコンタクトをベッドの上に捨てて、カピカピにさせることはやめてくれた模様。水の様な、空の様な色の瞳で笑顔向けるのは反則でーす。

次男ユラ(15)
無口な美人さん。ゴミ箱の意味が分かってないのではなかろうかというくらい、紙くずが床に落ちている。最初会った時は私と同じぐらいの身長だったのに、いつの間にやら180センチを越えて・・・。しかし、膝下がかなり長いので、お兄ちゃんマウ(186センチ)よりも大きくなる事はほぼ確実。旅行好き、演劇好き、音楽好き。笑った顔が、連れ去りたいと思うぐらい可愛いのはこの子。

三男ハニー(6)
特訓の成果か、「~してよ!」と強気で言うのではなく、「~してくれると嬉しいな」という表現を覚えたハニーちゃん。とりあえず、「ありがとう」と「ごめんなさい」は、私に対してきちんと言えるようになりました。日本語で1から10まで数える事が可能。一番の甘えん坊。一番のデンマーク語の先生で、最近はレモンという単語citron(どうしても初回で通じず、2度目で通じる)を教えてもらっています。

オペアって?

私が6月からデンマークでデンマーク語を学ぶ手段として選んだのが、au pair(オペア)という制度。

大修館書店ジーニアス英和辞典(電子辞書)をひいてみると

au pair(フランス)
《英》名:オペア
《英語習得のため住込みで家事を手伝う外国人女性(~girl);
最近では男性も含めて使うことが多い》

オペアのデンマークでの規定を簡単に拾うと

●17歳から29歳まで
●12歳以下の子供がいる家庭
●両親のうち少なくとも片方がデンマーク国籍の家庭
●最低月2500kr.(約5万円)のお小遣いを家族から貰う
●住む個室、食事は無償
●家族の一員として、家事、子供の世話を手伝う
●1日3から5時間、週18から30時間の労働時間
●最低週1回、フリーの日がある
●語学学校や地域の活動等に通う権利がある
●オペアとして滞在できるのは、基本合計1年半
 特別な事情が家族にある場合のみ、合計2年の滞在可

最後の特別な事情というのは、家族にハンディキャップを持った子供がいる場合ぐらいだそうです。このオペアの条件というのは、日々変化しているので、移民局に条件等問い合わせるなり、インターネットで調べるなりする必要があります。

デンマーク移民局のホームページ: http://www.nyidanmark.dk/

引っ越しの挨拶と(一応)自己紹介

ブログを色々な理由により引っ越しました。以前のブログ内容は、ボチボチこちらに過去の日付のまま移すなり、カテゴリを作ってまとめるなりしようと思います。一度ブログから下げてしまった、デンマークでのフォルケホイスコーレ滞在も、再び載せようかなと思っていたり。内容は相変わらず、オペア家族への愛(?)とツッコミで満ちあふれていることでしょうが、お付き合いくださいませ。

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初めましての方がいらした場合のために、一応の自己紹介をば。

私は日本の大学でデンマーク語専攻をしており、大学3年生が終了した2006年3月より、デンマークのフォルケホイスコーレ(folkehøjskole, 国民高等学校)に3ヶ月滞在。その後、2006年6月よりオペア(au pair)という「滞在国の人の家庭に住み込み、家事や子供の世話を手伝いながら、その国の文化と言語を学べる」制度を利用して、デンマーク人家庭で生活を始め、現在に至ります。日本の大学は2年休学、来年春からは再び大学生活です。

「日本でデンマーク語を学んでいた」と言うと、「何でデンマーク語をわざわざ専攻しようと思ったのか?」と国籍問わず尋ねられます。デンマークとの出会いはかれこれ10年程前になります。私が中学生の時に、市の国際交流事業でデンマーク体操(ラジオ体操の元になったそう)をデンマーク人の選手が中学校で披露してくれる機会がありました。その時、デンマークという国を知り、デンマーク語の挨拶等の表現を、担任の先生が配ってくれたプリントを通じて、初めて目にしました。元々、日本も含め世界の国々の歴史、社会、文化等が好きだった私は、デンマークという国にも興味を持ちました。様々な選択肢にぶつかった中学高校時代で、医療系の進路が頭の中をかすめる事もありましたが、やはり「日本も含めた国、社会、文化、それを理解するツールとして言語を学び、それからその社会、文化を学ぶこと」に対しての興味が強く、外国語大学を目指す事を決めました。外国語大学でどの言語を学びたいかとなった時に、色々考えた結果(本当なら学べる言語全て学びたいぐらいでした)、中学時代に出会い、興味のあったデンマーク語をまずは学ぼうと決めたのでした。

さて、学び始めたまでは良かったものの、どうも「尻に火がつかない」と勉強しないタイプ(目標があれば別)の私。中だるみの時期もありましたが、使う機会が日本でなかろうと、やはり実際に住んでデンマーク語を使えるようにしたい、自分の身をもってデンマークを体験したいと思い、日本の外に出るなら大学生の今だ!と、母からのアドバイスもあり、大学を2年休学して渡デンすることになりました。

マイペースなデンマーク生活の日記ですが、何かどこかで役に立つような情報があれば幸いです。また自分の記録として、知人への連絡報告としての意味合いが強いブログだということを、まずご理解いただければと思います。

ビザ、下りたけれど

オペアとしてのビザが12月22日まで下りました。2006年6月23日にオペアとしての最初のビザをもらっているので、きっちり1年半のビザということになります。

現時点でデンマークオペアの期間に関しては、「オペアは基本的に合計1年半。家族に特別な事情がある場合のみ、合計2年可」となっていますが、この『特別な事情』というのは、移民局曰く「家族にハンディキャップも持つ子供がいて、どうしても助けがいるというようなケース」だそうです。

しかし、私としては大学に復学する来年4月ギリギリまでデンマークに居たい。家族としては、できることなら2年、大学があるのであれば、大学開始まで居てほしいとのこと。加えて、12月22日までに帰国しろというのはあり得ない!というママペニーラ。というのも、デンマークではクリスマスは家族一大イベント。皆が皆、クリスマスをウキウキしながら待っているなか、帰国なんて!です。パパラースは「メグミのこのデン語レベルを考慮してなんとかならないのか。異議を移民局の上に申し立てようか」と。以前何かの仕事の問題に関して、法律を勉強していたというパパラースの相方ニルスが、移民局の対応に満足いかず、上に(大臣に)申し立てを行なったことがあるそうで、ラースとしても「本当に移民局は!」のようです。

そこで、ママペニーラが移民局に電話で、「オペアのメグミのことなんだけれど、1年の延長申請をしたけれど、半年の12月22日でビザが切れてしまうの。彼女がいなければ、家族が上手く機能しないし、クリスマスの前に帰国なんて酷すぎると思うの。何か方法はないのかしら?既に合計1年半のビザが下りてしまった後に、異議申し立てをした場合、デンマーク国内に滞在できないと手紙には書いているし・・・。彼女が滞在できるのは大学に復学する数ヶ月間だけなの。」と問い合わせてくれました。

移民局からの返事は、

「ビザの延長申請というものは、ビザが失効する早くて2ヶ月前、遅くて1ヶ月前にしなければいけませんが、もう一度、『特別な事情』を理由に延長申請をすることが可能です。申請を2ヶ月前に行うのではなく、ギリギリ1ヶ月前に申請すれば、クリスマスまでに判断が下されることはないし、延長申請の返事待ちであれば、デンマークに滞在することも可能です。」

というもの。今回延長申請をしてから、ビザを手にするまで約半年(しかも最初4ヶ月はおそらく担当は決まっていただろうけど、審査段階になかった)、という彼らの仕事っぷりを計算した上での、滞在先延ばし作戦を当の移民局側から提案されるとは思ってもみなかったので、ママペニーラと「妙な提案するもんね~移民局」と話していました。

そして、昨晩キッチンでパパラースから告げられた衝撃の事実。

「クリスマス、イタリア(の別荘)で過ごそうって言ってるんだけど、メグミのチケットも買ってるからね。12月20日発、1月1日帰国だから。」

今まで「一緒に行く?」と休暇に関しては事前確認があったのですが、今回は購入後報告。

ということで、年始までは少なくともヨーロッパにいそうです。まだ移民局に足を運ばねばならんと思うと、凹みますけれど。前回の記事でかなり家族に切れていた私ですが、ビザの件や休暇の件、別に聞いた今後の構想に私も一緒に加わってもいいと言ってくれる彼ら、頻繁に「こんにゃろー」と心の中で思っていたりもしますが、やっぱり大好きな家族だなと思うのでした。