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カルチャーショック

春から4年(6回生ですが)になるので、就活サイトなぞをのぞいているここ最近。他の就活中の学生から「この時期にやっと興味ある業界見つけたとこ!?」と驚かれそうな進度です。3年生の時は「留学して、年末帰国して就活したらええわ~」と思っていたのですが、丸々2年デンマーク滞在の予定でモノゴトは進んでおります。

日本の就活ルールがさっぱり、スーツすらよく考えたら持っていない私。企業の動きの速さに、『日本就活カルチャーショック』です。え?もうエントリー締め切り?え?既にグループディスカッション?え?

何でやねん!今まだテスト期間ちゃうんけ!早い人は、大学生活4年の半分経過したらもう会社のこと考える?大学はどこいっとんねん、大学は。

と・・・。大学に対する姿勢の違いをデンマークで見たせいもあるかもしれませんが、何だかおかしくない?と首を傾げつつ、サイトをノソノソ覗いてる私。しかし、サイトって結局「いい部分」しか見せないわけで、説明会とか行ってその会社の人の雰囲気を見なきゃ分かんない。これが、留学中の困ったところ。

激務だといわれる会社でも、会った人が「生きている目」をしていたら、今興味がない会社でも興味が湧く。楽しく(楽の意味ではなく)働けるってどんなことしてんやろーって。でも、忙しいながらも、目が光っていて、プライベートも充実していて、そんな雰囲気を醸し出した人に、通学電車の中で出くわしたことがないな、そう言えば。

就活にしても、他のことにしても、生き急いでいる、急ぎすぎている、急がされている感じがするのは、私だけ?ただ私がのんびりに慣れただけ?
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起きないで~!

先週土曜日夜は三男ハニーとお留守番の日でした。キッチンでご飯を食べてから、居間で映画を観ることにした私たち。ハニーが選んだのはディズニーのクリスマスショーなるDVDでした。クリスマス終わってるんですけど・・・というツッコミは飲み込んで。「メグミはどれが観たい?コレとかどう?」と最近は私に映画選択権をくれるハニー。時々選択しても却下されますけど、そこはご愛嬌(笑)。

この日、パジャマに着替えた後、映画を観ている途中に眠りに落ちることもなかった彼。DVDを停止した時に、たまたま放送されていた番組をそのままつけっ放しにしながら、「部屋で寝ようよ」と言うも、「モア(お母さん)が帰ってくるまで待つの」と言って、動こうともしません。しばらく寝る気配も無かったので、一緒にソファに座っていると、パジャマ左手袖をまくり上げて、腕をずいっと私の方に出してきて一言。「Kild mig」これは、直訳すると「こしょばして」なんですが、指で肌をそっとつくかつかないかぐらいで撫でること。パパラースやママペニーラと一緒にいる時によくやってもらう愛情表現。腕に限らず背中、足など色々な場所を撫でます。私と留守番の時で機嫌良くベッド(といっても自分の部屋ではなく、ラースとペニーラの寝室)に入っても、寝付くまではやはり「撫でて!」と右腕を出し、左腕を出し、足を出し・・・。そうして撫でているうちに、安心して深い眠りに落ちていきます。

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この日もソファで彼の左腕を撫でていると、写真のようにポテッと眠りに落ちました。しばらくして、ベッドに寝かせようと抱え上げ、階段まで歩いていると「う~ん」と声が・・・。寝言かと思って強行していたら、目が開いてるじゃないですか!起きたハニー一言、「上に行かないもん!」と私の手から離れてソファに逆戻り。トホホ、まだ深い眠りに落ちてなかったのね・・・。その後、5秒で再び夢の中に戻り、私がキッチンを片付けて居間に戻ってきた頃にようやく深い眠りに。

昔はこの腕撫でたり、背中撫でたりを「モアじゃなきゃダメだもん!」と絶対させてくれなかったので、今こうして要求してくれるのは嬉しかったり。このつくかつかないかの距離で撫でられるの気持ちいいので、ハニーがよく要求しているのが理解できます。私にもしてよ~、ハニー!

しかし、ベッドに運ぶ時に目を覚ますのはやめてくれ~!

ハンドボール

ハンドボール男子、ヨーロッパ選手権決勝が今日の夕方ありました。デンマーク対クロアチア。そう、デンマーク。

2時間強の散歩とサイクリングから帰ってきて、キッチンでママペニーラ、パパラースと観戦。その後、5時半頃から早めの夕食を食べながら、見入っていました。長年デンマーク男子ハンドボールの成績は低迷、一方女子ハンドボールはいい成績を収めていました。女子ハンドボールのトレーナーが男子ハンドボールのトレーナーとして移り、気がつけば今回のヨーロッパ選手権準決勝、僅差でドイツに勝ち、今回の決勝進出となりました。しかし、トレーナーが移ったことで女子が低迷気味。

決勝の結果は、24対20でデンマーク優勝!

元々スポーツ観戦は好きな方ですが、何故だかハンドボールは結果だけ追っていました。今回日曜日ということもあり、決勝観ていましたが、デンマークのキーパー、話に聞いていたけどすごい。どんな反射神経と動体視力してるのか、不思議。終盤も終盤で、ファウルによりクロアチアにフリーが与えられた時、「ああ、こりゃ1点入るわ・・・」と思っていたら、右足の膝でボールはじき返した!「嘘やん!」と私は思わず口走り、パパラースは「あはは!ペニーラ今のキーパー見た?」とええ声~で笑ってました。

ちょっと一人で拗ねていた週末でしたが、ハンドボールを観て少しすっきり。

フォルケ 2: いよいよスタート

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2006年3月からのフォルケホイスコーレの話。約2年前・・・なんですが、つい最近のことのようです。

私が選んだ学校は1月初から5月末までのコースと3月初から5月末までの2つの開始時期がありました。私が選んだのは3月5日から開始だったのですが、1日早い4日に学校に到着することにしました。偶然にも大学の1年後輩が同じ学校、同じ開始時期で申し込んでいたことが判明し、1日早く2人で学校へ向かうことに。

最寄り駅から学校まではバスで向かわねばならなかったのですが、デンマークのバスにはバス停のアナウンスがありません。どこで降りればいいのか分からなかったので、バスの運転手さんに「Grundtvigs højskoleに行きたいんですけど」と告げたところ、運転手のおっちゃん分かってません!デンマーク語がまずいのかと思い、住所を見せると、何やらバスの時刻表(どこの通りを通るか書いてある)と学校の住所を照らしあわせ、やっと理解したらしく、バス停で教えてくれることに。はー、第一段階クリアだぁと一息ついていたら、おっちゃん、私たちの方を見て、「ここだよ」ときちんと教えてくれました。

バスを降りて、後輩と2人あたりを見回すものの、学校らしきものなんてありません。バス停の前はスーパーのfakta。反対側の道には煉瓦造りの住宅が並んでいます。

「なあ、ここのどこに学校あるん?もう少し先とか?」と2人で人気の全くない静まり返った、雪の積もる歩道で佇んでいると、向かいからおばあちゃんが!尋ねてみると、確かにこの通りは学校の住所のある通りで間違いないんだけれど、学校のある番地147番地はもっとこの通りをまっすぐ行かなければいけないとのこと。とりあえず、2人で雪の残る中スーツケースをコロコロ押して歩くことに・・・。1時間弱程歩いて、ようやく到着した学校。

道中からいや~な感じで始まった、フォルケホイスコーレ滞在。どうなることやら。

写真: 3月のある晴れた日に、食堂横のスペースで日光浴!最初はこの寒い中日光浴する意味が分かりませんでした(笑)一番左端の男の子、半袖!

2006年分引っ越し終了

前のブログの記事をちまちま引っ越しさせておりました。とりあえず2006年11月12月分です。

って、まだ丸々1年分残ってるんやん!ありえへん・・・。

太陽

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デンマークの冬は、雪がなければ、ただ寒くて灰色。天気はずっとぐずぐずしているし、日の出時刻は遅い、日没時刻は早い。クリスマス前の冬至を越えると、少しずつ昼が長くなるものの、ほとんど晴れない上、特に今の時期はクリスマスも大晦日も終わり、ちょうどイベントがない時期で冬鬱になる人が増えます。

昨日も天気が良かったのですが、今日も快晴。吐く息は白いけれど、窓を開けて掃除をし、布団も少しの間外に干して。天気がいいと、極寒の地でも大丈夫なブーツを履いて、帽子をかぶって散歩もしくはサイクリングは必須。太陽光を浴びれるうちに浴びておかなければ、それこそ自分が腐っていきそうです。

夏の晴天も気持ちいいけれど、冬の晴天も背筋がすっと伸びて、外に出るのが心地いい。週間天気予報では、再び曇り、雨、晴れ、が一度に表示される、デンマークらしい予報が続いていましたが、こういう時は天気予報が外れて、明日も晴れて欲しいものです。

貼り紙

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2階の部屋掃除をしていて、次男ユラの部屋の散らかり具合を確認してみると、屋根裏への階段がおりっぱなし、床の上に散らばるモノモノモノ。流石に、屋根裏への階段がおりっぱなし、私が階段を片付けてまで掃除するのも何だかなと思ったので、思いっきりドアに貼り紙をしておきました。

『毎週火曜日(火曜日までに)、屋根裏への階段は片付けること。じゃなきゃ、私掃除せんよ。あともう少し部屋の整頓してくれると、ありがたいんだけど。今日は部屋の掃除してないよ。メグミ』

さて、来週この貼り紙効果はあるのかどうだか。部屋が綺麗だろうが汚かろうが、かまやしないユラ。掃除してるこっちがホコリアレルギーになりそう・・・。

日課

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どちらからともなく始まった日課。
連絡を一度も取っていない日には、寝る前に「いい一日を送ってた?今から寝るよ。おやすみ」、そんなたった3文のメッセージを送ること。多忙な相手が、今日も1日無事に過ごして、きちんと睡眠をとっていることが分かるだけで、少し安心できる。「忙しいのは分かるけど、何よりもまず身体に気をつけてね。おやすみ」そう返信して私もベッドに潜り込む。太陽が顔を出している日には、「天気のいいうちに、太陽を楽しむこと!今ちょうど近所を通ったから、それだけ言わなきゃと思って」、と冬鬱防止も兼ねて、散歩やサイクリングの途中に1通送っておく。

明日もお互い乗り切れますように。今日一日お疲れさま。いい夢を。

私とハニー

最近の私と三男ハニー模様。

(抜き足差し足、ガタッ!、忍び足)
「メグミ~」と私の部屋に登場するなり、ビーズクッションの上にダイブ!次に続く言葉は「遊ぼう」。またある時は、ベッドの上にダイブ!「僕ここで寝るね!おやすみ!」「ハイハイおやすみ」と言いながらも、私がハニーをくすぐりにかかります。

テレビを真剣に観るハニーの前髪をくくり、クジラの噴水状態にしてみたり。レゴで3時間真剣に遊んだ後は、何をするにも「メグミがするなら~」と私中心に物事が回ったり。「ハニーの目の色は何色だ~?」「メグミのはね~茶色と黒!」とお互い目をじっと見たり。

大好きなハニー。数ヶ月後には機嫌良く遊びに誘ったり、何かお願いごとをする時に呼ぶ、その独特のイントネーションの私の名前が聞けないんだと思うと、今から寂しいよ。

手紙をかくよ ありがとう

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あたしの悩み 迷い 生きる喜びのすべてを
花束にして空に掲げながら
風の中で思い出してた

あなたが教えてくれた うれしい たのしい やさしい気分
遠い空で ああ 今 同じ気持ちでいるなら
大きな文字で手紙をかくよ ありがとう

JUDY AND MARY『手紙をかくよ』


久しぶりに手紙を書きました。デンマークで購入した真っ白の封筒ではさっぱりしすぎていて、プライベートの手紙にしてはなんだか寂しい雰囲気。そこで便せん代わりに使った和紙の余りを貼付け。

手帳につけている、覚え書のような日記を手紙にして送ります。

歯が抜けたら?

6歳児の三男ハニーちゃん。歯が大量に抜けており(というか、少しでもグラグラするとママペニーラが素手で引っこ抜いている、らしい)、口を開けて笑うと、微妙に間抜け。上前歯4本永久歯待ち、下中心の前歯2本は生えてきたものの、その両側永久歯待ちの状態なので仕方ないのですが。

私は大半の歯を歯医者で強制的に抜かれたのですが、確か前歯は自然に抜けて、その時に「上の歯が抜けたら家の床下に、下の歯が抜けたら家の屋根に投げる」と両親から教わりました。

一方デンマーク育ちのハニーはというと、抜けた歯とコインを小さな箱に保管しています。歯が抜けるとコインを貰えるんだとか。

今のハニーの笑顔、間抜けなんだけど、成長過程だなーと分かるいい笑顔なんですが、以前もっと間抜けな歯の並び方になった時期がありました。上の左側前歯が抜けた後のこと。残っている乳歯である上右側の前歯が、日に日に移動していき、何とちょうど口の真ん中で落ち着きました。何だか超すきっ歯、しかも一本上の歯だけ口の真ん中・・・。どこかの漫画に出てきそうな絵でした。写真撮り忘れていたのが悔しい!

お知らせ届く

デンマークでビザが下りた時点で住民登録し、個人ナンバーが与えられます。このナンバーが記載されたカード兼保険証がなければ、全く何もできません。銀行口座開設でも「保険証は?」、図書館に行っても「保険証は?」、携帯契約の時も「保険証は?」、定期を買う時も「保険証は?」。また、住民登録と同時にかかりつけ医を決め、何かあればまずはかかりつけ医へ連絡するというシステムです。(大人の歯医者は別)

基本的に健康なので、身分証明のためにしか保険証使ったことがありませんでしたが、そろそろかかりつけ医に連絡をとらなければいけないようです。

というのも、23歳以上の女性に対して、3年ごとに子宮頸ガンの検診があるらしく、去年10月に23歳を迎えた私の元へも、「検診受けてね!」という手紙がきていました。が、11月12月に控えていたデンマーク語試験でどたばた、「試験終わったら連絡しなきゃー」と思いつつ、すっかり忘れ去っていました。

今日幼稚園にハニーを迎えに行って帰ってくると、再び病院から手紙が。「もしかして私たちが送ったお知らせ受け取っていない?」から始まり、いかに検診が有効か切々と説いておりました・・・。別の用事でかかりつけ医いかねばならんかなーと思っていたので、まとめて用事済ませるために、明日連絡入れます。身体のことだし。

化学脳を叩き起こす

ママペニーラの仕事関係で、日本語のラベルをデンマーク語に訳す手伝いをしている今現在。学校も試験も終わった今だからできるのですが、これまた手強い。

シャンプーなどの成分表示を一度見てみて下さい。日本語でも「それ何?」という暗号の様なカタカナが並んでいるのに、さらにそこからデンマーク語をひっぱりださなければならず、下手すれば日本語でもピンとくる説明がなく、「○○と××を酵素反応させた」もので量体がうんぬんの名称?だとか、元素記号と睨めっこしながら、高校1年生でしか習っていない化学の記憶を呼び起こしつつ、デン語名称が見つからなかったら、英語かドイツ語をメモしておき、後で再び調べ直し・・・。

カリ石ケン素地・・・って?石鹸のもとってことでしょ?だからそれはそもそも一体何なのさ!と気になり始めネットを彷徨い、気づけば2時間。半年以上預かったままのカルテの訳も、医療用語が頻出のため(そしてデンマーク人の手書きアルファベットが汚いため)、ツメの段階で頭を抱えております。今月中にカルテは終わらせるとして、ラベル解読できるのか、化学式やら記号やら生成方法やら色々読みすぎて、頭に熱がこもっております。

ぷしゅーっ・・・。

イタリアでクリスマス サン

クリスマスも明け、一足先に長男マウ、次男ユラは帰国。

ここから、だれかしら病気でダウンする日が続きます。
元々風邪気味だったペニーラ妹の旦那さん、少々体調悪化。
28日朝私はなかなか起き上がれず、昼前起き上がったら起き上がったで、あまりの気持ち悪さにトイレへダッシュ。嘔吐・・・。この日は一日常に気持ち悪く、昼に水しか飲んでないのに、飲んだ水までその後嘔吐。29日吐くことはなかったものの、激しい腰痛と腹痛で常にどこかで寝転がっている状態。30日、食欲は戻っていなかったものの、体調自体はほぼ通常通り。私が腰痛でダウンしている日、ペニーラの父親も嘔吐。

30日はママペニーラの誕生日だったので、とても立派なレストランで昼食。大量の前菜+パスタ2種、シャーベット、フルーツ、そして、ペニーラとラースの友人がレストランにお願いして、シャンペンとケーキを用意。

帰宅後、ダイニングでロゼのシャンペンやらビールを皆で飲みながら(昼食食べ過ぎのため夕食はなし)、色々お喋り。料理上手でクリスマス後合流した友人の旦那さんが、大晦日のための仕込みを傍らでしておりました。そんな中ふといなくなったパパラース。帰ってきたと思ったら、手には30×45センチはありそうなケーキケース。皆で開けてみると、ママペニーラへのバースデーケーキでした。しっかり注文していたらしいです。流石ラース。以前には、自分がアメリカ滞在中にバラの花束宅配を頼んでいたこともあります。やるな、ラース!と感心してしまいます。

こうして、翌日帰国である私とペニーラの両親の最後の晩餐(?) イン イタリーは過ぎていったのでした。そして、後日判明したのですが、大晦日ラースも病気でダウン、前述のペニーラ妹の旦那さんもダウンだったそうで、イタリア滞在後半は常に誰かが寝ている状態でした・・・。

イタリアでクリスマス ニ

23日の長男マウと次男ユラの到着で、今回のクリスマスメンバーが全員そろいました。私のオペアファミリー、ママペニーラの両親、ママペニーラの妹夫妻と彼らの娘息子、パパラースのおばであり、そしてペニーラ妹の旦那さんの母親、私です。総勢13名。

24日は昼前からクリスマスディナーに向けて料理が開始されたのですが、前述のようにコックが3人もいるので、ラースのおばさんと2人で「いやーコックがいっぱいいるから、私何もすることないわー」とテーブルでまったり。夜7時半、居間に全員集合し、まずは数曲クリスマスソングを歌います。歌詞があれば、リズムは何となくで歌えたので普通に歌っていたら、ペニーラ妹が「ちょっと。何でメグミがきっちり歌ってて、マウ、あんたが歌ってないのよ!」とマウに激しいツッコミを入れておりました。その後、ガレージに置いてあるツリーの周りを、全員で手をつないで囲み歌い踊ります。

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本物のろうそくに火が灯されたツリー

待ちきれない子供たちのプレゼントオープンに付き合い、その後夕食となりました。手に入らない食材があったこともあり、デンマーク式のクリスマスディナー簡易版でしたが、美味しい料理を満喫、お喋りやゲームを夜中まで続けたのでした。

余談ですが、私からのプレゼントは、ペニーラ妹の娘息子にはデンマークデザインの布を使ったあったか帽子、三男ハニーには、日本でも長期重版待ちになった(当時本屋バイト)とびだす仕掛け絵本シリーズのデンマーク語版。ペニーラ妹の娘はハニーより少し年上なだけなので、同シリーズの『オズの魔法使い』にしようかとも思ったのですが、どうしてもデンマーク語版が見つけられず断念。長男マウにはシンプルな写真やカードが立てれるもの、次男ユラにはアルバム。彼にはベルト(サイズが分からず、店員のお姉さんに「彼が185センチなんですけど」「そうね~。がっしりしてる方?」「そうですね。わりとがっしりですね」と相談した)。私はペニーラ、ラース、ペニーラの両親からクラシックなワンピース、ハニーからはwescというブランドのパーカー(ハニーが選んでくれたらしい)、イタリア出発前日にプレゼントを交換していた彼からは「はてしない物語」のデンマーク語版をゲット。

MEGA BEASTS絶滅した獣たち (エンサイクロペディア太古の世界 (3))MEGA BEASTS絶滅した獣たち (エンサイクロペディア太古の世界 (3))
(2007/08)
ロバート・サブダ、M.ラインハート 他

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はてしない物語はてしない物語
(1982/06)
ミヒャエル・エンデ、上田 真而子 他

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イタリアでクリスマス イチ

イタリアで迎えたクリスマス前後。私たちがイタリア入りした翌2日間は快晴、日中であればパーカーとマフラーで街を歩けるぐらい暖かかったです。残念ながらその後は曇りや小雨の天気が続きましたが、地中海性気候ってこういうものよね・・・と諦め。

ママペニーラ、三男ハニー、私は、ペニーラの両親、ペニーラの妹と娘息子と共に20日夕方にコペンハーゲンを発ち、ミラノでの乗り換えを経て、南イタリアのポリニャーノ・ア・マーレにある別荘へ。パパラースは一足先にイタリア入りしており、長男マウと次男ユラは23日にイタリアへと、家族予定バラバラ。

予定では2007年夏には工事終了しているはずだった別荘ですが、予定が延びて12月半ばで家のなかはほぼ終了、外のテラス等の工事が残っているという状態でした。今年の夏にはテラスもほぼ片付く予定らしいですが、ほんまかいな~。

クリスマスまでは暇があると、ツリー(パパラースが生の木を見つけて買ってきていた)に飾るためのjulehjerter(紙を組み合わせて作るハート)、julestjerner(紙で作る立体の星)を子供たちと一緒に作り、ペニーラ、ペニーラ妹、ペニーラ母のコック3人はクリスマス時期のクッキーを(香辛料を沢山使います)焼き焼き。家に足りない雑貨などをイケアに買いに行った時に見つけた、「クッキーの家キット」を私は一人火傷しながら必死で組み立て、グミ類で飾り付け。

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クッキー作りのコック3人とひたすら家の飾り付けをする私

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「食べていい~??メグミ?」

さて、このクッキーの家、翌日屋根から崩壊しているのを私とパパラースが発見。全員で「クッキーの家がぁぁぁ!」と言っていると、ペニーラ妹が自分の息子(2歳半)に「ルーヴィ、お菓子の家壊したの?」と尋ねていました。するとルーヴィ、「ブスターがやったんだよ」と、イタリアには来ていないペニーラ弟の息子(破壊魔な2歳)に罪をなすり付け。この回答には全員が爆笑、その後ことあるごとに、「ルーヴィ、誰がお菓子の家壊したの~?」と質問しては、「ブスター!」という回答に笑っていました。冬のイタリア、かなり湿気があるので原因は湿気だったのですが、第一発見者の私とラース以外全員が、食欲旺盛なルーヴィが食べようとして壊したのでは!?と思っていたようでした。