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四国初上陸ー鳴門、祖谷

3月末の話。
弟のサッカー遠征をダシに徳島へ1泊2日することが決定。本当は徳島まで、小学校時代のサッカークラブで知り合い、同じ高校でサッカーをしている弟の1つ上の先輩の両親と観に行く予定だったらしい。そこを、「どうせ徳島まで行くなら泊まれば?」と父の提案でなったんだとか、違うんだとか。

初日は試合会場に向かうまでに鳴門大橋の橋桁部分にある「渦の道」へ立ち寄りました。うず潮が見れるようにと作られたそうですが、潮のタイミングが合わず、うず潮は見れず。でも、橋のかなり中央まで道は続いているので、景色を楽しむだけでも十分です。下が覗けるようにと、床がガラス張りになっている部分が何カ所もあるんですが、皆心無しかガラスを避けて歩きます(笑)。もちろん私も避けてました。

to1.jpg
橋桁部分を歩くー!

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あの島は何だ?

強風の中サッカーの試合を観てから、徳島の山奥へ向かいます。山の中の川沿いをずっと走るのですが、この川の色が緑がかっていて、何とも不思議な色です。崖に建つ家、細い道の両脇にある古い家屋を目で追いながら、「ああ、日本だ」とやっと実感しました。

私が希望した祖谷という場所は、1185年屋島の戦いで破れた平家の人々が逃げてきた場所だとも言われていて、平家の落人伝説があります。平家の末裔だと言われている阿佐氏が居住し、平家屋敷も現存しています。この日は夜ホテルに到着、温泉と夜ご飯を堪能してダウンです。

翌朝。チェックアウトする父をフロントに置き去りにして、私と母は土産物屋へ。「とりあえず食べ物(お菓子)」希望の弟にお菓子を買い、私はすだち焼酎をゲット(まだ飲んでないけど)。その後向かうは、かずら橋!記録によれば7、もしくは13のかずら橋が祖谷にあったと記されています。しかし、大正時代にすべての橋が安全のために架け替えられました。しかし、昭和に入り、かずら橋復活が計画され、現在あるのはその時に作られたものです。

shikoku01
川の色が綺麗。かずら橋は一方通行。

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気を抜くと下の隙間から足落ちます。24.5の足でも落ちます。

さて、山越えの予定だったので勇気ある少年も拝んで行こう!ということで、山道を父が運転します。母は運転拒否、私無免許。ギリギリ対向車とすれ違える、そんな幅の道をぐるぐるぐにゃぐにゃ登っていきます。中学校までは、こんな山道を走られたら最後、私は常に車酔いでグッタリ。高校、大学の山道バス通学で鍛えられたお陰で、今では車内で地図も読めます。

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勇気ある少年こと、小便小僧。
昔は度胸試しに旅人がしたんだとか。


小便小僧の真似をする父(笑)をカメラに収めた後、山道をひたすら下り、香川を目指します。モチロン、誰も替わることなく父の運転で。

Comment

なつかしー!かずら橋、私も渡ったよ!
看護学校の卒業旅行で友達と四国回ったんだよね。

この前ハンニバルの面倒みたとき、ちょうどめぐちゃんからの手紙が届いてて、疲れきってたハニーに見せたら、引ったくってばりばり開けてました。
で、この写真を見ての感想が意外に「…すっごくきれい…」と。かなり心から「jeg synes det er rigtigt folt...」と言っていて、隣でげらげら笑っていた私よりだいぶ大人な感想を持ってました…。

ふふふ、次は道後温泉行きたいっす!あとしまなみ街道チャリで渡ったり。

予想外の反応だ、ハニー・・・。笑ってもらうつもりで送ったんだけど、そんな大人な反応示すなんて。隣で笑ってもらえて良かったです!私の意図が救われました(笑)

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